チンジャオロースーていしょく

こんばんは、池田です。

いままでにもお話ししていましたが、

18歳のときに 東京 の ダイビングショップに入社したんです。

高校をでて、

はじめて働いたのが ダイビングショップ で、

結果 今に至るのですが、

そのときに 働いたこともない ダイビング をしたこともない状態から、

ボクを育ててくれたのが タモイ店長です。

一緒に入ったほかの方たちは ダイビング経験者で、

現地でもガイドをしていたダイブマスターと、

ダイビングの専門学校でたレスキューダイバーと、

ライセンス とりたて 経験本数4本だった いちばん年上のセキグチくん。

あのときは 子どもながらに といいますか、

自分は ノンダイバーのくせに セキグチくんは大したことはないことだけは、すぐに認識ができました。

みんなは忙しいわけです。

で、ワタクシだけ 看板を作れといわれ 交差点の4ヶ所に設置する看板をトントンと作るわけです。

みんなは スケジュールがどう とかいう話しをしているのに、

ぜんぜん仲間にいれてくれないので もう打ててるのに、わざとトントントントンたたいて 自分の存在を必死にアピールしていた少年でした。

みんななにかとやることがあるから 電話が鳴ったら率先してでるようにいわれ、

そのときは ちゃんと自分の名前を言うように教えてもらっていました。

で、電話が鳴ったんです。

セキグチくんだって ヒマなくせに忙しいフリしやがって と思いながら、

元気よくでたんです。

「はい イケダですっ!」

って大きな声ででたら タモイ店長が 先に店の名前を言えよっ!ってまだ電話の最中なのに 怒るんです。

自分の名前を言え って言うから 名前言ったら 店の名前を言え って言うし、、

そのお店で オープニングパーティーがあると。

でも オープニングパーティーといっても お客さんもまだぜんぜんいないし、

たしか 4~5人ぐらいしかいなかったんです。

で、それじゃ寂しいから だれかトモダチ呼んでいいと。

わかりました、そーゆうのは まかせてください。 トモダチ声かけますね ってトモダチ呼んだら、

当日 まだパーティーが始まるまえに 店の前にとんでもない不良がいると。

イケダ、おまえ そうゆうの得意だねっけ。

※ねっけ というのは 新潟のヒトの語尾に使う方言みたいなものです。

普段はでないのに 怒ると  「言ったねっけ!」って 言います。

パーティーもあるからどいてもらってこい。と言われ、なんでセキグチくんじゃなくてオレなんだ と思いながら、

店の前に降りていったら 自分が呼んでいたトモダチで、

トモダチがさらにトモダチに声をかけてくれて3~4人で来てくれてたので、

ボクのトモダチです!って言ったら、

なんであんなやつらを呼ぶんだ!と言われ、 呼べ って言うから呼んだのに なんなんだこの人は!

と 思ったのが、 タモイ店長です。

あるとき ビラ配ってこい と言われ、

どうせやるなら ウェットスーツ着て、水中マスクして目立つようにやれって言われて、

そのまま お茶の水駅でビラを配ってたんです。

半袖のウェットスーツ着て、マスクしてスノーケルくわえてビラ配っていたら

警察に止められて そのまま目の前の派出所につれていかれたんです。

そこにタモイ店長が迎えにきてくれて、

ボクの姿を見て 

おまえ なんでフィンまではいてやってんだ!!

って怒られて。

そこ!?

フィン!?

警察も警察で、いや そこじゃないでしょ みたいな空気になってるのに、

どこのヤツがウェット着て フィンはいてビラ配りするんだっ!ってまだ怒りつづける。

で、なにかあるたびに 帰りの蔵王で定食食べながら仲良くしゃべっておまえはおもしれーなー

って笑ってくれる。

そんな タモイ店長から お祝いのお花を送っていただきました。

ボクの結婚式のときに、

コウサクはボクの弟です!って酔っぱらっていろんなテーブルにお酒をつぎにまわって、

コウサクのことをこれからもよろしくやってください!って

ボクの兄(誠太郎)にも だれかわかってないまま、

コウサクはボクの弟なんです!って言ってるのを見て 姉がヒくってゆう。

みんなに これからも面倒みてやってくれ って言ってくれていたのを見ていました。

三宅島 ドルフィンスイムツアーにだれが引率で行くか という話しのときに

入社してまだ何ヶ月かの時で、

ダイビングのライセンス もまだ 取得 していなかったワタクシを選んでくれたことが すべてのはじまりです。

あの時 セキグチくんではなく、ボクに行かせてくれたことで、

海の中で野生のイルカを見ることができ、

その感動を伝えるという あのときできた

唯一の仕事がいまにつながっています。

あのときのみんなの笑顔がすっごく嬉しかったんです。

自分にもできることがあるんだ、

できることができた って思ったんです。

なんの役にも立ってなかった自分が、

仕事を見つけた、居場所を見つけたんだと思います。

船から飛び込んでマスクが吹っ飛んだり、

スノーケルからお水をのんだり、

フィンが脱げて 買ったばかりのワタクシのフィンが水中をヒラヒラと舞っていたり、

ウェットがないと水着ではめっちゃ寒いということ。

イルカがくれた感動と興奮、

こんな夢みたいな体験ができるということ、

みんなが喜ぶ!海の上でみんなが一緒に大喜びをしている姿。

あれから 25年。

あのときの感動と興奮を多くの人に広めていき、

事前に ちゃんと練習してから海に行けるように。

ついに シュノーケリングのお店をだすことができました。

野生のイルカと泳げる、

クジラも見にいける、

カメにも会いにいける、

マンタも見れる。

すごいでしょ?

いろんなことができるようになりましたよ。

タモイさんが教えてくれたこと。

歯を店で磨くな、家で磨いてからこい。

ヒゲそれ。

髪切れ。

お客さんにウソはつくな。

いまのおまえができることもあるねっけ。

来ていただいたお客さんにはぜったいに楽しんでもらえ。

タモイさん。

いまも守っています。

本当は、元スタッフの人たちからいただいたお祝いなどを全部紹介するつもりで書き始めたのに、

タモイさんだけでこんなに長くなってしまいました。

ということで、

他の方々は また今度。

ではでは。

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